6月3日(火)曇り
30年以上前の話になりますが、当時の私は子供向けの学習ソフトの開発を手掛ける会社で働いていました。私はデータベースソフトを使った企業向けの会員管理システムなどを作っていましたが、今なら無料のスマホアプリで事足りるような代物です。
すでにバブルは弾けていましたが、まだ余波はあり、景気は悪くなかったと思います。パソコン本体だけでも50万円ぐらいしたし、ノートパソコンの主流はモノクロ液晶でした。インターネットではなく、一部の人がパソコン通信をやっているような時代でした。
当時はハードもソフトも目まぐるしく進化していきましたが、1995年11月、日本中がおかしなことになりました。
Windows95の登場です。深夜0時にオープンした田舎のパソコンショップの店内が大勢のお客さんでいっぱいになったのです。規模は違えど、秋葉原と同じ光景でした。
「これからはパソコンの時代」だと以前から興味を持っていた人はもちろん、お祭り騒ぎに便乗して、パソコンを持っていないのに、ソフトだけ買うような人もいました。
20代の私は収入と起きている時間のほとんどをこれらに費やしました。
当時はハードやソフトを紹介するイベントも多く、東京出張も多かったですが、マイクロソフトのブースで綺麗なお姉さんがExcelのデモンストレーションをやっていたのですが、それを見た時は驚きました。
Windows95以前に使われていた表計算ソフトの主流は「Lotus1-2-3」でしたが、私は「これだ!」と思い、サクッとExcelに乗り換えましたが、当時からExcelの評価は高く、今でも圧倒的なシェアがあります。
苦戦していたのはワープロソフトで、日本には「一太郎」という素晴らしいソフトがあり、それまでのワープロ専用機と同じような使い勝手で、縦書きにも強く、変換効率も良い、よく出来たソフトだったので、Wordはなかなか定着しませんでした。
最終的には無償配布という強行手段をしていましたが、実際、この方法は効き目があったと思います。
それまで一太郎を使っていた官公庁がWordに乗り換えた時、一太郎の黄金時代は幕を閉じました。
先日、プレジデントの記事で一太郎を開発したのが34歳の女性だったことを知りました。

日本は30年前と比べて平均年収は変わっていないそうですが、物価は高騰し、保険料などの負担も増えています。
実際、20代の頃は今よりも収入はあったと思います。何も残ってはいませんが、今でも安定した収入があるのは、20代の頃に培ってきた知識と経験のおかげだと思います。
陶芸や登山など、パソコン以外のことを経験してきた30~40代は人生に深みを与えてくれました。「歩く」という道具もスキルも必要のないことが最も自分を成長させてくれたと思います。
日本人は真面目で勤勉です。しかし、備蓄米に行列を作るニュースを見ると、何かがおかしいと思うのです。主食であるお米が満足に食べられない人がいるのに、年間472万トンも破棄しているのです。
偶然見たパン屋さんの働き方を紹介しているYouTube動画がとても印象に残りました。
1時間半の長編ですが、ぜひ見てもらいたいです。
働き方、考え方、生き方、全てにおいて勉強になります。
著書も素晴らしかったです。

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