幸せでいられる手段

11月1日(金)雨

いよいよ、明日から個展が始まります。
2014年のアルテピアッツァ美唄を皮切りに2019年まではあちこちの会場を借りて、毎年のように何かしらのイベントを行っていました。

今回展示する陶芸作品は、自分の窯を使ったものばかりです。これまでの色とはガラッと変わっているし、これから研究をしていくので、もっと変わっていくと思いますが、今の私ができることを全部出し切りました。

窯を焚き始めた10月中旬以降は怒涛の追い込みでした。

灯油窯は見張りが必要です。本焼きは12時間ぐらいは付きっ切りだし、900度を超えてからの攻め焚きは、1,200度を超える窯を扱うのですから、とても緊張しました。

暖房として使っていたときは順調だったのに、いざ本番となると火が点かないというトラブルに見舞われましたがそれでも何とかなるものです。もはや白戸窯です。

今朝、窯出しが終わりました。今回は還元のつもりが途中でひるんで酸化になってしまいましたが、1,000度付近を長くキープしていたので、どっちなのかよく分かりません。

何か変なのもありますが、とても気に入った色もありました。

何段目に置くか、火の近くに置くかでも、雰囲気が変わります。

粘土、釉薬、作品を置く場所、焼成方法でガラッと変わるのですから、これから私は陶芸の深く底なしの沼にハマっていくのでしょう。

だから、今、準備を始めないといけないと思いました。

多分あと15年ぐらいは山もゴリゴリ登るだろうし、数ヶ月かけて歩きたい世界のロングトレイルもあるし、エベレストだって狙っています。

しかし、加齢と共に足腰には衰えがくるでしょう。
そうしたら、陶芸の世界をさらに追及していきたいのです。今までは人任せにしていた肝心な部分をこれから何年もかけて研究していかなければなりません。

父は還暦の時には杖なしでは歩けなくなり、62歳という若さで亡くなりました。
当時の私は35歳で、まだ登山をしたことはありませんでした。

父が亡くなった2ヶ月後に山に誘われ、初めて登ったのです。
今考えると絶対に偶然ではなかったと思います。

私は15年かけて自分が幸せでいられる手段を見つけたのだと思います。

沢山の人の協力があって、ここまで来れました。

決して一人文化祭ではないのです。

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