天国の稜線「ウペペサンケ山」

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8月12日(火)晴れ

海の日も山の日も、私はたいてい山にいる。

今年の山の日は、東大雪の名峰「ウペペサンケ山」へ向かった。

大雪山国立公園の東側、急峻な「ニペソツ山」とは対照的で、長く続く稜線が美しい山だ。

このエリアは、2016年の台風と豪雨災害で、登山口に続く林道が崩れてしまい、長い間遠い存在であった。

二百名山のニペソツや石狩岳は、比較的早く復旧したものの、この山は人を寄せつけぬまま、時だけが流れていった。

それでもどうしても行きたくて、2019年の夏、崩れた林道を越え、背丈以上の藪に揉まれ、半ば遭難しかけながら挑んだ。

二度目でも西峰までは届かず、翌年ようやく大雲海の稜線を歩き、一番奥の西峰に立った。

あの時の達成感は便利な道では決して味わえない痛みを伴う喜びだった。

2021年には新しい登山道ができ、激しい藪区間は笹刈りが入り、道は整った。

不思議なもので、整備された途端「いつでも行ける」という安心感が芽生え、足は遠のくのだ。

おそらく私は、少しの不便にこそ、心を揺さぶられる天邪鬼なのだ。

あれから西峰直下のスペースで一泊する計画は温め続けていた。

山に泊まる最大の贈り物は、夕暮れと日の出を山の上で迎えられること。

満月を過ぎたばかりだったけれど、小型の三脚と広角レンズを携え、星空撮影の準備もした。

登山道は数日前に笹刈りが入り、あの苦闘の道とは別物だった。

けれど、天気は甘くなかった。

稜線に出るとガスが流れ、冷たい風が頬を刺す。

目的地に着く頃には小雨が降り出した。

麓は30℃を超えていても、山の上では低体温症になることも珍しくない。

急いでテントを立て、お湯を沸かす。

温かな食事が喉を通った瞬間「生きている」という実感が全身に広がる。

便利になれば、楽はできる。

だが、不便には、不便でしか得られない濃さがある。

林道の崩壊も、藪漕ぎの苦労もあの遠回りの日々がなければ、この一杯の温もりは、きっとただの食事で終わっていた。

不便は、時に人生の障害のように見える。

けれど、その不便さが私の時間を深くし、感情を豊かにし、景色に色を与えてくれる。

夜明けまで雨と風は収まらず、星の一つも見えなかった。

しかし、完全に陽が昇る頃、雨をたっぷり含んだ花は輝き、白く霞んでいた空の奥から天国の稜線が浮かび上がった。

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